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ラブレターフロームカナダ

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ウサギの日記

ウサギの日記、第1話、美人な子

父はよく
「この町で一番の美人は、俺の奥さん」
と言っていた。

私はこの言葉が大嫌いだった。
薄っぺらい言葉だった。
母より美人なんてたくさんいた。

それに私はとっくの昔に見抜いていた、
これが父のその時とっていた行動を
フォローするためだったとも。
町内の人はみんな見抜いてた、
みんな馬鹿じゃなかったから。
きっと母も知っていた。

私は小さい頃からよくもてた、
クラスの中では憧れの子だった。
中学に入るごろは、
男の子と一対一で下校したりするようになってたが、
誰も好きになれなかった。
男なんて所詮馬鹿な動物だと小学校の頃すでに悟っていたからだ。
心をもてあそんでいた、
父に仕返しするように、
母の敵を違う男にぶつけていた。

短大を出ても就職しなかった私。
お金なんていらなかった。
美味しいものを食べさせてくれる男性、
行きたいところに連れてってくれる男性、
欲しいものを買ってくれる男性、
いっぱいいた。
私はかわいい顔をかぶった山姥だったに違いない、
人の心をむさぼり食っていた。

ある日父が私に言った、

「なあ、どうだ、金やるから留学でもしてきたらどうだ?」

軽い言い方だった。
行こうが行かまいが、
どうでもよかった。

自分の将来になど夢をもっていなかったからだ。

第2話、笑顔


バンクーバーについて、
すぐにESLに通った。
親が日本から申し込んでいた学校だった。

私のクラスは日本人とコリアンばかりだった。
日本人はほとんど女の子、
コリアンは男の子が多いクラスだった。

初日から私に目をつけたのか、
毎回隣に座り
強引に名前を聞いてくるコリアンがいた。
もやしみたいにヒョロっと高く
色白、シルバーの眼鏡をかけてた、
すごく気持ち悪かった。

名前を教えてやると、
隣に座っていたコリアンも図に乗ってきた。

「ねね、今度晩御飯食べに行こうよ、
他にも誘ってさ、ねね、、」

こういう男には飽き飽きしていた。
男前でもない賢くも無い
そんな男が私を食事に誘う。

「気持ち悪い男のくせに、私が誘えるなんて、
身の程知らずもいいところ、」

心の中でそうつぶやき彼らを馬鹿にしていたが、
顔は笑顔だった。
色んな笑顔の中から一つ選んでいた。
男の心を奪う笑顔だった。

その笑顔をした後はいつも後悔していた。
いっそその場でののしってやれば
どれだけ心が晴れただろうか。

いつになればこの心の恨みを
晴らせるのか
分からなかった。

第3話、劣等感

いい加減、うっとおしかった。

いつもきらきらした男性に囲まれていた。
彼らはお金を持っていたし、
いつもいい服を着ていた。
多少差はあったが、
皆よい車に乗っていた。

今、私の横にいるのは程遠い男達だった。
学生上がりのパッとしない男達。
彼らは軍隊に入っていたせいか、
少し慣れてくると
命令っぽい言葉をよく発していた。

「ウサギ、今日の7時にダウンタウンのスタバで集合だぞ、
俺達3人で行くからな、お前達も3人で来るんだぞ」

いい加減にして欲しかった。
私は大きいため息をつきながら
窓の方をみた。
そんな顔は人には見せれなかったからだ。

「真由美と、後誰を誘おうかしら、、」

その時ある女性が目に入った。
ちょっとおどおどした女性。

「年上っぽいな、、」

彼女は疲れているように見えた。
いつも一人ぼっちでいた。

「誘ってみるかな、彼女」

ちょっと意地悪な気持ちが入っていた。
その彼女はどうみても私より劣っていた。
私の脇役にはぴったりと思ったからだ。

最悪な人間だった。
いつも誰かと比べて自分を優位に立たせていた。
沢山の人に求められ、
美人だ、かわいい、素敵だ、と
そういう言葉で心の穴を埋めようとしていたが、
埋まらなかった。

何をしても満ち足りることはなかった。

第4話、母のしぐさ

結局真由美は来ることができなかった。
クラスメートの幸子と私、
後はコリアンの男の子3人でバーに行った。

最初は5人で仲良く話し合った。
学校のこと、食べ物のこと、趣味のこと、、。
お酒がどんどん進むにつれ、
幸子の前に座っているコリアンが
幸子に興味を抱きだした。
かわいくも無いおどおどした女から
こぼれてくる恥ずかしそうな笑顔は
私をイライラさせた。

「ねえ~ヒョン、あなたのカクテルちょっと飲んでいい?」

ヒョンは私に向けてグラスを突き出した。
私はわざと彼の手を握るようにグラスをつかんだ。

「ヒョンの手って冷たいね、、、」

意地悪な女だった。

「私の手、暖かいよ、触ってみて、、」

ヒョンが幸子に背を向けだした。

「ちょっと暖めてあげるね」

簡単だった。

それ以後、彼女は時折愛想笑いを浮かべながら
たまに会話に参加している振りをしていたが、
ほとんど下を向いていた。
その姿はとても惨めで
私をもっとイライラさせた。

その時、どうして彼女に意地悪をし
イライラしたのか分からなかった。
私が彼女に愛想笑いをさせ、下を向かせたのに、
そういう態度しか取れない彼女に
ただただ腹が立っていた。

「ちょっと疲れたから先帰ろうかな、、」

彼女は
テーブルに20ドル置いた。

「ちょっと多いんじゃない、一杯しか飲んでないし」

ヒョンが言った。

「あ、いいの、私、少しだけみんなより年上だしね、とっといて」

そう言うと
彼女は私に手を振って帰っていった。
彼女はまっすぐに私をみていた。
その目は悲しそうだった。

彼女がテーブルに置いた20ドルをじっと見ていた。
私は、懐かしい思いと後悔の思いが入りなじったような
そんな感情を覚えた。

すぐに席を立ちドアに向かった。
外に出て、彼女の後姿を捜した。
彼女はどんどん小さくなっていった。

「母と似てたんだ、、」

彼女と母を重ね合わせていた。
町の街灯に照らされる彼女の後ろ姿は寂しそうだった。
その姿は私を十分に惨めにさせていた。

第5話、計画


「幸子ねえ、なんだかいい人出来たみたいよ、
結構イケてるカナディアンらしいのよ、
もう~、彼女毎日ルンルンよお~」

クラスメートのゾウさんが言った。
あのしらけた女に彼氏が出来た、
それも「イケてるカナディアン」という言葉は
私をイライラさせるのに十分な言葉だった。

確かに彼女は少し変わった。
以前よりもおどおどしたところが無くなっていた。
それに人の話を余裕も持って聞いているようなしぐさも出てきた。
明らかに前の彼女とは違っていた。

その日の帰り、彼女と一緒に帰った。
彼女はロブソン通りで洋服を買いたいらしく、
それについていった。

私たちは一軒のお店に入った。
流行物の服がかなり手ごろな値段で手に入る店だった。
つやの無くなった彼女の手が一枚のかわいいドレスをつかんだ。
それを見る彼女の目は恋をしている女のものだった。

「ねえね、ゾウさんから聞いたんだけどね、
彼氏できたんでしょ?」

「う、ううん、、」

少し躊躇しながら答えているみたいだった。

「素敵な人なの?」

「え、そうだね、私にはもったいない感じの人かな、、」

「今度会わせてよ、会いたいわ」

幸子の目を覗き込むようにして聞いてみた。
彼女はあいまいな返答をした。
私たちはそのまま別れた。


次の日、昼休みに幸子をつかまえた。
周りにクラスメートが沢山いるのを確認した。

「ねえねえ幸子、
カナディアンの彼氏のお家にいつよんでくれるの?
あってみた~~い」

「ええ?幸子彼氏できたの~会いたい~」
「カナディアン?良いじゃん羨ましい!」

周りの反応は予想通りだった。

「ええっと、、じゃあ、また予定立てるね、、」

幸子は恥ずかしそうに言っていた。
顔からは笑みがこぼれていた。
彼女は私の計画なんてわかんないぐらい
純粋だった。

私は腹のすかした山姥になっていた。
簡単に男を信じる彼女が憎らしかった。
その憎しみは、男を信じれなくなっていた私の言い訳みたいなものだった

第6話、幸子の彼

私は少しだけ心を弾ませていた。

少しだけセクシーな服を選んだ着た。
ちょっと胸の開いた赤い服だった。
それにシルバーのネックレスをつけた。
そのネックレスは長く、私の胸の谷間に沿うように
流れていった。
自慢の足を見せるため、スカートは短め、
誰にもらったか忘れたヴィトンのバッグを持った。

いつも束ねていた長い髪を下ろして
鏡の前に立った。

「完璧ね」

そそくさと靴を履き、バス停に向かった。
待ち合わせのダウンタウンに行くためだった。


彼のマンションは素敵だった。
幸子がドアを開けると、
そこには予想通りのカナディアンが立っていた。
まずまずだった。

彼も簡単だった。
幸子がキッチンに立っている間、
私は彼のひざに軽く自分の足が当たるように座った。

私は全神経をその足の注いだ。
私の気持ちを伝えるためだった。

案の定彼はみんなのメールアドレスを聞きだした、
私のアドレスを聞きだすための工作だったのだろう。
顔からは笑みがこぼれていたに違いない、
幸子がじっと私を見ているのが視界にはいったが、
私は見なかった。

その夜、彼にメールした。

どうしてメールしたのか自分の気持ちがわからなかった。
彼を好きになってしまったから、

だたそう思い込もうとしている自分がいた。

第7話、ドライブ

金曜日に会う約束をした。

彼は車で私の家に迎えに来た。
ダウンタウンで待ち合わせをすると思っていた
ので突然の迎えに戸惑いながら車に乗った。
きっと幸子に会わないようにするためだったのだろう。
そんな彼が面白くて、
私は少し意地悪な質問をした。

「幸子はこの車に乗ったことがあるの?」

私は前に長くスリットのあいたスカートの下にある
足を組み返した。
ひざをサイドブレーキの方にやった。
彼がサイドブレーキを握れば
彼の手の甲に当たる距離だった。

「yeh....ah....i think she hasn't.....」

彼はためらいながら答えた。

「幸子とどういう関係?」

「well.....ah...we..we are just.. friend...」

ほっぺを掻きながら答えていた。

しばらくして、彼は高速道路で
サイドブレーキに手を置いた。
サイドブレーキなど必要のないところを走っていた。

彼の手の甲が私の足にあたった。
その箇所から熱いものが溢れてきた。
その熱いものは私の足をつたい
心臓に上ってきた。
体が火照りだした。

「好きになったのかも」

そう思えた。
彼の横顔を見て、
今夜起こるかもしれない出来事を想像していた。

車の外を見ると、
緑いっぱいの綺麗な景色が流れていった。
そんな綺麗な景色とは正反対に
私の心は薄汚れていた。
第8話、矢

稼ぎの良い彼は、
なんでも欲しいものは買ってくれた。
ちょっと私がすねると、すぐにマンションを出て
私をロブソンどおりに連れてってくれた。

その日も二人で買い物をしていると、
同じ店に幸子が入ってきた。
チャンスだった。

「もう~マイクったら~いやだ~」

大きな声だった。
遠くの方から誰かの視線を感じた。
私は自信いっぱいの笑みを浮かべその方向に振り向いた。
情けない姿で彼女が立っていた。
私と目が合うと、彼女は逃げるように店を出た。
それを見たとたん、楽しい気分がうせた。

「あ、私約束してたんだっけ、お友達と、
ごめんマイク、また今度ね、」

そのままマイクを振り切ると、
携帯を取り出しコリアンの男の子の家に電話した。

「あ、うさぎちゃん、嬉しいなあ、ウサギちゃんから電話もらうなんて
え?いいよ、いいよ是非遊びに来て
男3人でうだうだしてたところだったんだ」

「誰がいるの?」

「おれと、ヒョンとイビョンかな」

イビョンは男前で有名なコリアンだった。
婚約者がいる彼だった。
イビョンがいると聞いて、行くことを決めた。

「今からだと1時間ぐらいはかかるかな、
それでもい~い?」

自分が何をしているか分からなかった、
何をしたいのか分からなかった。

バスに乗っている間母の顔が浮かんだ。

「母のような女にはなりたくない、、」

父を傷つけようと矢を放っていた。
それが天に向けて放ったとは気づかなかった。
もうすぐその矢が自分の所に戻ってくるとも予想していなかった。

私は自分が今までしてきたことへの羞恥を隠すため
今日も着飾っていた。

第9話、香水

ジュンの家に着いた。
そこにはヒョンとイビョンとイビョンの彼女がいた。
彼女は整いすぎている顔立ちをしていた。

「うわっ、本当にウサギちゃんが来てくれた!」

ジュンとヒョンは嬉しそうにしてくれたが
素直に喜べなかった。

イビョンの彼女は真っ黒な長い髪をもっていた。
目ははっきりとした二重で、
ちょっと恐い感じの目だった。
鼻はツンと天を向いていて
少し鼻の穴が見えていた。
何も言わずに少し怒ったような顔で座っていた。
突然の来客が気に食わないのだろう。

私はずっとイライラしていた。
最初は何故だか分からなかった。
無性にイビョンのことが気になっていて、
彼女と彼を引き離したい衝動にかられた。
いつもの癖だと思っていた。

イビョンの横に座ると女のものきつい香水の匂いがした。
彼女のものだった。
その匂いはあの日のことを思い出させた。
同じ匂いだった。

学校の帰り父の車が空き地に止まっているのが見えた。
近づいていると
父と知らない女性が中にいた。
知らない女性はすぐに私の存在に気づき
車から出てきた。

「ウサギちゃんだよね?」

知らない女は私の肩に手を置いて聞いてきた。
気持ち悪かった、
何もかもが気持ち悪かった。
私はその手を振り払うと走って逃げた。
逃げて消えてしまいたかった。
父と母の手のとどかないところに消えてしまいたかった。

それからは父が入った風呂には入らなくなった。
あの女の匂いが付きそうだったからだ。

今、同じ匂いに囲まれていた。
息ができないくらいに私の周りを覆っていた。

その瞬間に、私はイビョンの足に自分のひざが
当たるように座りなおしていた。
あの女と彼女の面影がかさなった。

計画はすでにスタートしていた。

第10話、ハーバー

マイクから電話がかかってきた。
来週の週末にかけてビクトリアに遊びに行こうと誘ってきた。
マイクの両親はビクトリアに住んでいた。

「もしウサギちゃんが一緒に来てくれるなら
素敵なホテルを予約しようと思ってるんだ」

ビクトリアには行ったことが無かったし
一度は言って見たい場所だったので
即OKをだした。
ホストファミリーにはシアトルでイチローの試合を見に行くと
嘘をついた。

ビクトリアは素敵な町だった。
マイクの両親はとてもよい人で
私を暖かく迎えてくれた。
マイクの妹もやさしい人だった。
もし私がそれに満足できる女ならば、
最高に幸せなときを過ごせたのかもしれなかったが、
私にはビクトリアが田舎のちっぽけな島にしか思えなかった。

ずっとイビョンのことを思っていた。
インナーハーバーの景色が見えるホテルの部屋で
マイクに抱かれながらもイビョンのことが頭から離れなかった。

マイクは子供のように眠りだした。
私は体に何もまとわずホテルの窓に立ってみた。
インナーハーバーの夜景がとても綺麗だった。
緑色と赤色のライトが沢山きらめいていた。
そのライトが私の素肌を照らしていた。
私の体はまだ若く潤っていた。

「もうすぐクリスマスなんだっけ、、」

昔、一緒にクリスマスを過ごした男友達のことを
思い出した。
ちやほやされすぎていた。

そのホテルは由緒あるホテルだと聞いていたが、
部屋はやけに古かった。
壁に貼られている布も、少しシミがついている部分もあった。
急に自分が腹立たしくなった、
とても素敵な夜のはずなのに、
こんな小さな箱みたいな部屋に閉じ込められている自分に
腹が立っていた。

早く帰りたかった。

第11話、不満

バンクーバーに戻ってきてホッとしていた。
ビクトリアは素敵な町だったが、
自分があの田舎の島に住むことが想像できなかった。

マイクは喜んでいた。
クリスマスも一緒にビクトリアに帰ろうと言っていたが、
私にはどっちでもいいことだった。

次の日久しぶりに学校に行った。
ヒョンは私に会えたことがよほど嬉しいらしく、
学校帰りにどっか遊びに行こうとしつこく誘ってきた。

コリアンの男の子達の間から
幸子が見えた。
かなり浮かない顔をしていた。

私を囲む時代遅れのコリアンたちは、
私を笑わそうとしているのか、
面白くないギャグばかりを言っていた。
吐き気がするほどゾッとしていた。
必死でギャグを言っている顔の裏には、あのビン底めがねの裏には、
あのダサい服の中には、、、
どんなに紳士だってこいつらと同じことを考えていることは
百も承知だったからだ。

授業が終るとすぐに学校を出た、
あの重い空気の中に居るのがたえられなかったからだ。
ロブソンどおりに出るとイビョンの彼女ががいた。
急いでいる様子で小走りで走っていた。
その前にはイビョンが一人で歩いていた。

すぐに私はブラウスの第一ボタンをはずし、
彼女を追い越し、彼に駆け寄った。
イビョンの右側の腕に自分の腕を滑り込ませて言った。

「久しぶり~」

イビョンはびっくりした顔を私に向けたが、
私の親しげな挨拶を喜んでいるみたいだった。

彼女が立ち止まるのが私の目に映った。

「ねえ、どっかでお茶でもしない?」

私はそういいながら自分の体重を彼の腕に乗せた。

全てが計画通りにことが運んだ。
欲しいものは人の心の傷と引き換えに何でも手に入れることができた。
それでも満足できずに次から次へと
人の心を傷つけていった。

第12話、月

「Do you have any plan at Xmas time?
My parents really like you,so they want to see you again.
sooo.......would you like to go back again?」

マイクがちょっと控え目に聞いてきた。

「え、いいけど、予定もないし」

すこしぶっきらぼうに答えた。

クリスマス時期はフェリーも混むらしく、
彼は車の予約を入れたらしかった。

その日、彼はトランクいっぱいにプレゼントを入れて迎えにきた。
クリスマスよりも大切なことがクリスマスの日に起こることを
彼はしきりに話していた。
大体は見当がついだが、分からない振りをつづけていた。

マイクの両親の家はダウンタウンから来るまで10分ぐらいのところに
あった。
周りには豪華な家が立ち並び、その家の一軒がマイクの両親の家だった。
マイクの両親は前と同じように私を暖かく迎えてくれた。
そのときの私にはその暖かさがかなりの重荷で、
今すぐ逃げ出したい気分になった。

居間には大きなツリーが飾られていた。
ゴールドと白だけのオーナメントは彼らのセンスのよさを物語っていた。
そのツリーの下には
マイクの母の手作りのソックスが置かれていて、
その中にウサギのマークのついたソックスがあった。
24日はサンタはまだ来ているはずは無いのに
そのソックスはプレゼントで膨れ上がっていた。
私は少しキュンとなった。

食事を終えた後、
マイクのお母さんは私たちをベースメントに案内してくれた。
今日と明日泊まる部屋へ案内するためだった。

階段を降りる間、
マイクはずっと私の腰に手を当てていた。
その手は早く二人きりにないたいと競っているようだった。

ドアが閉まったとたん、
マイクは激しく私を引き寄せた。
そのまま私はベッドに倒れた。

ベースメントの部屋には小さい窓があり、
そこから綺麗な月が見えた。
そのまま目をつぶり、去年のクリスマスを思い出していた。

自分が地に落ちたような思いをした。
娼婦に成り下がったような自分が居た。
いや、娼婦だって今の私よりはプライドがあるに違いない。
私はただの道に落ちている肉の塊にすぎなかった

第13話、禿げ

ちょっと豪華な朝食を終えた。
ベーコンにスクランブルエッグ、テーブルの真ん中には
色んな種類のマフィンが盛られていた。
その横には沢山の手作りジャム、
全てマイクの母の手作りだった。

朝食の片付けもしないまま
皆そそくさと居間に行きだした、
サンタのプレゼントを開ける為だった。
みんな順番に一つずつ自分のプレゼントを開けていった。

私の番が来た。
私はちょっと高そうな包装紙で包まれている小さな箱をえらんだ。
開けてみると
そこには透明の石のついた指輪が入っていた。

「マイクったら~」

マイクの妹が嬉しそうに言った。

その瞬間、パジャマ姿のマイクが私の前に跪いた。

「Usagi..you know what it is......」

彼の真剣な顔を初めてみたような気がした。

「will you marry me?」

彼はちょうど40歳だった。
40歳にしては髪が前から薄いとは思っていたが、
跪づいている彼の頭の天辺はバーコードよりも酷かった。
彼の頭の地肌も太陽をよく浴びていたのか日焼けしていた。

期待いっぱいの笑みを浮かべた幸せそうなマイクの家族達に
囲まれていた。
マイクの父は、新しい花嫁の出現に
「say yes say yes...」
と黙っていられないようだった。

自然に言葉が出てきた。

「no,i won't.....」

最悪な日だった。
マイクとマイクの家族を
高い高い崖の天辺から突き落とす仕事を終えたように
私の息は切れ切れだった。

第14話、ミス

どうやって自分の部屋に
帰ってきたか考えるのもおぞましい時間だった。
一人で帰ると言い張ったのに
マイクは一緒に付いて来た。
マイクの両親の家を出るとき、
恐くて誰の顔も見れなかった。

フェリーの上では
キラーホエールの大群が見れたと大騒ぎしていたが、
私だけが遠い遠い場所にいるかのように思えた。

バンクーバーに帰ってからも
週末はマイクと会っていた。
それも長くは続けれそうになかった。
マイクの顔も声も、彼のしぐさ全てがあのおぞましい過去と密接に
つながってしまっていたからだ。
思い出したくも無いのに
彼の声を聞くだびに彼の家族の顔を思い出した。
その顔は、時間が経つとともに徐々に非難めいた顔から
怒りの顔に変わっていった。
思い出す顔は怒っている彼の両親の顔のみだった。

彼が嫌いになったわけではなかった、
彼はその後もずっと優しかったが
ただあの顔が白昼夢のように目に焼きついてしまい彼を避けだした。

私が逃げていく場所に、
イビョンは都合が良かった。
やさしいし、世間知らずだった。
その頃、私に対しての色んな陰口が飛び交いはじめていた。
だが彼は、
何も疑うことなく私を受け入れようとしていた。

私は水のごとく、
高い場所から低い場所へ流れていった。
そうすることはとても簡単なことで
自分が傷つかなくて済むと思っていたからだ。

何がしたいのか全く分からなくなっていた。
全部計画して行動しているつもりだった。
周りの人間が私の計画通りに動くものだと思っていた。

その時は気づかなかったが
一つだけ大きな計算ミスをしていた。
そのミスによってできた大きな暗い穴に
私は落ちていった。

誰も助けに来れない様な暗い寂しい穴に落ちていった

第15話、試練

私はイビョンと住み始めた。
その頃からか
彼の態度が少しずつ変わっていくのがわかった。
軍隊で鍛え上げられた彼らの考え方がそうさせたのか、
無知から来るものだったのか、
彼は私を一人の女性としてではなく、
物のように扱い始めた。

彼とのセックスは最悪だった。
ビデオ通りにしかできない彼の行動は
彼だけを満足させた。
体のいたるところにあざの出来た私は
そのあざを隠すようにタートルのセーターを毎日着ていた。

彼から逃げようと決心した。
私が逃げれる場所が一つだけあったからだ。

「あの人なら、どんな私だって受け止めてくれるはず」

ダイヤルを回そうとした瞬間、
すごい勢いで何かが胃から上がってきた、
それは喉元をとおり、口から吐き出た。
トイレにかける暇もなく、
それは床に零れ落ちていった。

誰かの叫び声が聞こえたような感じがした。。

「そういえば、2月からずっと生理がなかった、、」

絶望感のまま、
カーテンの締め切った部屋に一人取り残されていた。

「暗い穴のそこに落ちきったのね、、、」

そう一人でつぶやいていた。
計画していたつもりでも
計画できない部分があることに気づいた。

「私って、弱い人間だったんだ、、、」

自分が思うほど私は強くない人間だった。
それが全ての計画を狂わせていたのだ。

その暗い部屋には今までの私はいなかった。
弱い部分をさらけ出した一人の老婆顔の女だけが座っていた。
汚いパジャマを着ていた。
髪もぼさぼさだった。

ただひたすら誰かの帰りを待ちたかった。

第16話、安堵

ここ2日、ほとんど何も食べていなかった。
水とリンゴで飢えと吐き気を乗り越えていた。

お金は一銭もなかった。
きっとマイクに電話をすれば
今すぐ迎えに来てくれるだろう。
少しだけ残っていた私のプライドと
羞恥心が私の動く指をとどまらせていた。
私はマイクの優しさを踏みにじったことに後悔をしていた。

イビョンの帰ってこない部屋で2つのことをずっと考えていた。

愛することの意味、
生きることの意味、を。

自分の心にはびこっている重い石を吐き出したかった。
これを吐き出せは自分が自由になれるような気がした。

目から涙がいっぱいあふれてきた、

これから起こることへの恐怖心と、
自分がしてきたことへの後悔が入り混じっていた。

「どうして私はこうでしか自分を表現できなかったのだろう」

涙はとどまるところを知らず、どんどんあふれるように流れてきた。
私のパジャマは涙で冷たくなっていった。
その冷たさは私の体にも伝わってきた。
寒かった。

枕に顔を押し付けて大きな声をだして泣いてみた。
きっと誰も助けにはきてくれないだろうに、
私は子供のように誰かの助けを求めるように泣いた。
泣き続けでも涙は枯れることを知らなかった。

誰かの吐息が耳元で聞こえたかと思うと、
急に後ろから抱きしめてくれた。
それは母のような暖かいぬくもりをもっていた。
私はそれが母ではないと分かっていたのに、
母の腕の中にいるような安堵感を覚えた。

安心できた、
私は自分の体をその腕にゆだねた。

私はゆっくりと振り向くと、
そこには幸子が居た。
私は驚かなかった。

彼女は優しい目で私を見ていた。
その目は私を十分に落ち着かせていった。

第17話、帰る場所

幸子が全部段取りをとってくれた。
私は彼女に全てを任せていた。

手術が終わり目が覚めた。
下腹部に少しの違和感を覚えたが
気にならない程度だった。

ナースがすぐに幸子を連れてきてくれた。
幸子は私の弱弱しい手を暖かい手で握ってくれた。
何の迷いも無いクリアな瞳で私を見つめていた。

「帰ろうか、、、」

その言葉は私に懐かしい気持ちを思い出させた。
ずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。
ずっとずっとこの言葉を待っていたような気がする、
あの日からずっと。

私が中学生に入るごろ、
父の2重生活が始まった。
愛人の彼女が妊娠したからだった。
父はその子を認知した。
生活力の無い母は、その状況に耐えるしかなかった。
じっと我慢をしていれば
父の会社から毎月母にも給料が出ていたからだ。
それに母は父を愛してもいたんだろう。

父には帰る場所が2つあった。

「そろそろ行くか、、」

それが父の合図だった。
その言葉は多感な少女時代の私に大きな影を落としていった。


私は幸子を見上げた。

「うん、一緒に帰りたい、、」

素直に言えた。
幸子は私を抱きかかえるように歩き始めた。
幸子の体のぬくもりが冷たかった体に伝わっていた。

私は生き返ったような感覚を覚えた。

第18話、有難う

幸子は優しかった。
色んな形で私に「愛」というものを与えてくれようとしていた。

「有難う」

って言葉がなかなかいえなかった。
そんな薄っぺらい言葉でこの気持ちを使えることができないと
思っていたからだった。

幸子の友達のマイケルはいい男だった。
外見はちょっと薄汚い感じがしたが、
それを除けばちゃんとした心を持った男だった。

3人でよくご飯を作って食べた。
幸子は料理が不得意なのか
よく失敗したものを作った。

その失敗した物を食べたときのマイケルのリアクションが
面白かった。
目を真ん中によせて口をいがませた。
なんでもない失敗した料理なのに
それが楽しかった、
それを一緒に笑える人がいること、
それが幸せなんだと諭してくれた。
幸子は目に涙を浮かべながらマイケルを見てよく笑っていた。
私の家族だった。

幸子は何も聞かなかった。
私からどうしてこうなったのか少しだけ説明したときがあった。

「それでいいんだよ、」

その言葉しか言わなかった。

私は幸子に感謝していた、
どういう言葉でこの気持ちを伝えようか迷った。
でも不意についてくるのは
ありきたりの言葉だけだった

「幸子、有難う、、、」

幸子の顔が赤くなった。
恥ずかしげもなく幸子は嬉しそうな顔を私に向けて言った。

「言わなくても分かってるよ。」

有難うという言葉、それはとてもありきたりの台詞だけど、
とっても大事で人を幸せにすることだと悟った。

22歳でその意味を知る、ちょっと遅い気もしたけど、、、。

私はそのまま電話をかけた、
「有難う」とすぐに言いたかった。
22年間ずっと言えなかった言葉を早く言いたかった。

第19話、サザエさん

母は泣いていた。
泣いていたが私を責めなかった。

「帰っておいで、、」

暖かい言葉だった。
帰る場所があるというのはとっても私を暖かくさせてくれた。

昔よく観たサザエさんを思い出した。
終わりに流れる映像が、
いつも理解できなかった。
サザエさん一家がみんな連なって小さい家に入っていく。
家族で一緒にいることが辛いことだと思っていた私には、
全くの別世界だったからだ。


次の日、帰りの飛行機のチケットを買った。
このまま幸子に家に居座るのは
楽だし楽しかった。
ただこれ以上幸子に迷惑をかけたくなかった。
チケットをバッグに入れて店を出た。
夏なのに風が冷たかった。

そのままコンビニ屋により、
大福を3つかった。

「夏なのにちょっと寒い日は、暖かいお茶に大福もいいかな、、、」

新しくできた家族のために買った3つの大福。
早く家に帰りたかった。
昔観たサザエさんのようにスキップしながら家に駆け込む
自分を想像した。

「うふふふ、、」

自然と笑みがこぼれていた。
第20話、好奇心

「マイクに帰る日知らせたから、、」

幸子が少しぶっきらぼうに言った。

「このままさよなら言わずに帰るのはよくないし」

彼女がいっぱいいっぱい背伸びをしているように見えた。
私は何も言わずに幸子の目を見ずに頷いた。
幸子にはかなわない自分がいた。


その日の夜は、
マイケルと幸子の3人でパーティをした。
お別れ会のパーティだった。

幸子がアイスワインを買ってきてくれていた。

「カナダの来たのにスモークサーモンも食べたことないし、
アイスワインもまだ飲んでないや、、」

ずっと前に私が言った言葉を思えていたのだろう。

アイスワインは甘かった。
幸子のハートぐらい甘かった。
飲むうちに、体がとろけていく感覚を覚えた。
大好きな家族に囲まれて私はカウチの上でアイスクリームのように
とろけていった。
気持ちよかった。

パーティの最中に
マイクから電話があった。
いつもと変わらずやさしい声だった。
私を非難している響きは彼の声からは聞き取れなかった。

「私も失敗したな~」

マイクのいいところがいっぱい見えてきていた。
付き合っているときは見えなかったものだった。

窓に目をやった、
その日も星がいっぱいでていた。
自分が30歳になったときのことを想像していた。

「どんなものが見えているだろう、、」

ただ年をとることへの楽しみを見つけていた。
私の心は好奇心でいっぱいになっていた。

第21話、モカ

「こんないい男振ってあんな男と付き合うなんてね、、」

あの時見たマイクの禿げ頭を思い出した。
もしあの頭が、潤った草原のようだったなら
私はあの時「YES」って言ったんだろうか、、、。

幼稚園の初恋もそうだった。
クラスメートに素敵な男の子がいた。
大好きだった。
彼も優しかった。
ある寒い冬の日、そう雪が降った日だった。
彼の少し短めの長ズボンの先からパッチが顔をのぞかせていた。
らくだ色のものだった。
私はショックで彼を避け始めた。
今も昔と変わらず浅はかだった。

「I still love you so much...」

スタバの駐車場に車を止めた後、
すこしためらいながら話し始めた。

「You do not need to say anything right now...
i will wait for your answer til you are ready..」

「有難う」

それだけしか言えなかった。
心の中では叫んでいた、
「YES,YES,YES」と。
ただ、彼の胸に飛び込んでいく前に
まだやらなければいけないことがたくさんあった。

彼がスタバでモカを頼んでくれた。
ホイップクリームいっぱいのっているにもかかわらず、
今日のはちょっと苦かった。

「私が大人の女性になれたらもう一度カナダに戻ってくる、
その時会ってくれる?」

「もちろん、、、、
その時が待ち遠しいよ、、、」

彼は優しく答えてくれた。

別れ間際、
彼は私のほっぺに軽くキスをした。
そのキスは彼の匂いがした。
甘くて大人の男の匂いだった。

第22話、ハイジ

マイケルが迎えに来てくれた。
相変わらず汚いポンコツ車で迎えに来てくれた。

幸子は私の隣に座った。
車に乗ってからしばらくの間無口だった幸子が
急に口を開いた。

「ねえ、スイスって行ったことある?」

幸子がいきなり聞いてきた。

「え?スイス、私はカナダしか外国知らないや」

子供の頃見たハイジでしかスイスはしらなかった。
あのとろけるチーズとおばあさんにあげた白パンを
スイスで食べたい、と思いながらテレビを見たことを思い出した。

「今度行かない?一緒に」

「え?いつ?」

「えっとね、私が60歳になる年に、
え~っとだから、ウサギちゃんは52才かな、」

「うん、いいよ、行こう」

嬉しかった。
その約束は幸子が本当の私の親友なんだと確信させてくれた。
私にとっては初めての親友だった。

「後、30年あるな、
それまでに、幸子に恥じない人生生きなきゃ、、」

一人つぶやいていた。

空港が見えてきた。
それは寂しさと希望の感情を私に抱かせた。
友へのさよならと
新しく始まる人生への希望と。

空を見上げるとかもめが飛んでいた。
大きく羽ばたいて飛んでいた。
自由だった。

最終話、手紙



ファイナルコールがアナウンスされた。
ゲート行かないといけなかった。

ありきたりの言葉でさよならを言いたくなかった。
幸子が私にしてくれたことは
どんな言葉でも表現できないぐらい
すばらしいことだったからだ。

「幸子、色々有難う、なんていっていいかわかんないから
手紙書いた、後でこれ読んでね」

私は幸子を力いっぱい抱きしめた。
この冷たかった心がこんなにも暖かくなったことを
伝えたかった。

幸子は泣いていた、
顔がぐちゃぐちゃになるぐらい泣いて笑っていた。
彼女のこういう素直なところが大好きだった。


マイケルにさよならを言った後
ゲートに向かった。

ゲートの前は長蛇の列ができていた。

「まだ時間が合ったんだ、、、」

長蛇の列がなくなるまでの数分、
窓の外を見ていた。
私が今から乗ろうとする、エアカナダの飛行機があった。
メープルのマークが秋の色をしていた。
その後ろには夏のカナダの青空が広がっていた。

「私がカナダへ来たのは意味があったんだ。」

もちろん目に見えるものは何も手に入れることができなかった。
心も体もかなり傷ついた。
でもその傷によって
新しく見えたものが2つあった。

愛することの意味と、
生きることの意味、

これからどんなことが起ころうと
どんな荒波におぼれそうになっても
この2つをいつも心に持っていれば
なんとかやっていけるという自信ができていた。

これからは人を愛そう、そして愛されよう、
生きることを頑張ろう、
そうすれば楽しいことがたくさん待っているだろう。

「これからどんなことがおこるのだろうか、、」

自分の人生が楽しみだった。
私の人生で、これから起こる全てのことに対して
心は躍っていた。


                 
               ウサギの日記(番外編)  終わり


              、幸子の日記2へ続く





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